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アンパンマンとキリストについての考察

※注意
この論はあらゆる方面への「鬼絡み」である。こじつけとも言う。
無いとは思うが、真面目にとらえたりしないように気をつけること。

●序
キリストが発したとする著名な言葉の一つにこのようなものがある。
私の肉はパンであり、私の血はワインである
本稿では、以上の格言から発してアンパンマンとキリスト教・神との関係性について論じていきたい。
また、あくまで主題はアンパンマンについてだが、時にアンパンマンを取り巻く人々についても言及する。
さて、本稿では2つの説を展開するが、ここで心に留めておいてほしいのが、「本論では1つ・唯一の結論を出すつもりは全くない」ということだ。
2つの説とは以下の通り。
第一に「アンパンマンは神造兵器/生物である」という説。
第二に「アンパンマンはアンチキリストの象徴である」という説。
まずは第一の説から論じていく。

●アンパンマン神造兵器説
 さて、序論で「私の肉はパンであり、私の血はワインである」という言葉を紹介した。
これを正面から受け取れば、必然的にアンパンマンについて一つの事実が呈されることとなる。
アンパンマンは神の子の肉で作られた戦士」であるという事実である。

 かつて神は土塊から人間(アダム)を作った。そこから考えれば、神の手によれば神の子と同質の一つの存在を作り上げることも容易であろう、とも判断できる。そもそもアンパンマンは、「空から飛来したいのちの星」が混ざったあんパン生地から産まれた。「いのちの星」とはもちろん神からもたらされた祝福である。そしてそれを焼成しアンパンマンを作り上げたジャムおじさん(以下ジャム)とバタコさん(以下バタコ)は神に一番近い天使のような存在であると考えられる。

 また、パンを焼くのに必要なもの・・・すなわち「窯」についても一つの説を提唱したい。さて、「天使」というと純白の衣に翼を携えて麗しい姿を想像するだろう。しかし実際は、天使はその格が上がるほど翼や目が増え人間離れした姿になっていく。例えば熾天使は多くの目を持ち常に燃え上がっているとされる。アンパンマンの顔を焼き上げた窯の「火」はこれらの高位天使の火だったのではないだろうか。アンパンマンは神の手により聖性を得、天使によりカタチを整えられたのだ。また、これは補足に留めるがそもそもジャムとバタコの2人に関しては元々人間ではなく妖精に近いとする設定もある。

 次に、アンパンマンを神造「兵器」とした理由を論じたい。兵器とは「敵」を撃ち倒すもの。では、アンパンマンで言う敵とは何か。もちろんばいきんまんである。本稿では、ばいきんまんについても一定の新説を提唱したい。さて、ばいきんまんの住まうばいきん城は薄暗く雷鳴とどろく暗所に存在している。では、キリスト教で言う暗所とはどこか。言わずもがな「地獄」である。ばいきんまんは地獄、コキュートスから蘇った悪魔なのだ。最大級の悪魔が現世に蘇ったとなれば、神がそれを討つ戦士を作り出すのは当然だろう。さらに、アンパンマンにはジャムやバタコが搭乗しアンパンマンを運搬・追随する「アンパンマン号」という乗り物がある。これこそが神の使いが乗り込む聖なるチャリオットであると考える。神の力を象徴するような戦車(チャリオット)が迫り来る姿は悪魔どもを畏怖せしめてあまりあるだろう。

 最後に補足するが、キリスト教に特有の「自己犠牲」についても触れておきたい。アンパンマンは時に弱き者に自らのあんパン(血肉)を分け与える。このような自己犠牲は凡庸な人間にはできまい。キリストと同じレベルの自己犠牲といえるだろう。これは、アンパンマンのあまりある聖性のなせる技であろう。

以上が「アンパンマン神造兵器説」である。アンパンマンが神により作られた存在であるという観点から論じたが、以降からはその真逆の観点から分析していきたい。

●「アンパンマン=アンチキリスト象徴説」
 前節では、アンパンマンは「神の手によって作られた」という前提で論を進めた。しかし、本節ではその前提から破壊する。アンパンマンの誕生に神は全く関わっていないという観点である。しかし、神が関わっていないとしてもパンが神の子の肉であることは変わらない。つまりは、神を全く無視して神の子の肉からなる生物が作られた、ということだ。この節で主張するのは、アンパンマンは元々が神により虐げられた者、堕天使により神への反抗を目的として作られたとする説だ。神の子の肉を模して生物を作り上げる、ということ自体が最大級の神への冒涜であり挑戦なのだ。

 まず、堕天使造版アンパンマンの善性について解説していく。もちろん、神は絶対的な善である。ならば、なぜ堕天使により作られたアンパンマンも善をなすのか。この謎を明らかにするためにはまず「堕天使」とは何なのか、という点を解説せねばなるまい。堕天使とは、「堕」と頭にあるとおり天使が堕ちたもの、という概念である。元々は天使だった存在が、何らかの咎により神に罰を与えられ、天使の格から堕ちた者なのだ。また、キリスト教国と他神教国が争い前者が勝った結果、後者で信じられていた神が「悪魔」=堕天使に貶められるというのもよくある話である。さて、本題に戻ろう。なぜ「堕天使により作られたアンパンマンが善をなすか」。本稿ではその理由をアンパンマンを作った堕天使たちによる証明であると考える。すなわち「神の助けがなくとも人は救える」「神は不要である」という証明である。神を冒涜する存在であっても人は救えると言うことを証明したのだ。この論からすれば、ジャムとバタコも堕天使か貶められた神霊のたぐいであると推測できる。

 次に、アンパンマンの弱点について述べておきたい。アンパンマンは水をかけられると弱い。戦闘パートになるとばいきんまんに水をかけられ弱体化する、というのはお決まりのパターンである。この特徴を、アンパンマンが堕天使によって作られた神への敵対者であると考えるとある観点が浮かび上がってくる。キリスト教において水をかけるという行為が何を示すか。「洗礼」である。キリスト教では洗礼を受けることにより浄化され神とのつながりを強める。神の信徒にとって洗礼は祝福でしかないが、堕天使により作られたアンパンマンにとって洗礼は毒でしかないだろう。悪魔払いで聖書を読み上げるようなものである。

 最後に補足として、前節で述べた論を反転させていきたい。ジャムとバタコについては前述の通り。次にアンパンマン号について。これも神への冒涜である。神の子の肉を弄び作られた戦車を運用すること、これは神の子の生首を引きずり回すようなものとも考えられる。窯についてはさらに簡単で、窯の火はそのまま「地獄の業火」であると考えればよい。最後に難問として残るのが、本節においてのばいきんまんの立ち位置である。ここでは、ばいきんまんは悪である、という主張をしておきたい。繰り返すが、本節で言う堕天使またアンパンマンの目的は「神への反抗」である。そして前述したように、堕天使により造られたからと言って悪をなす者であるとは限らない。ばいきんまんは神とも堕天使とも関係の無い悪しき第三勢力であると結論づけたい。

以上が「アンパンマン=アンチキリスト象徴説」である。

 これで2つの観点を論じ終えた。本稿では最後に「アンパンマンからは完全に正反対の2つの面を見いだすことができる」と結論し論を終えたい。








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